過去の人




その人にとって




過去の人
になるのは何処か悲しいものですね









なんとなく直感的にわかるもんです

ああ自分はもうこの人の過去の人なりつつあるんだなと


今からコレしよう!とかこれからアレしよう!と
共に歩む現在や未来志向の人ではもはやないし




その人にとっての、共に歩む現在や未来志向の人には自分は到底叶わないんだろうと





もう過去の記憶の一つになったんでしょう









別れのほんまの意味
物理的よりむしろ精神的な










いつまでも感傷に浸ってる場合ではない

断つものは断って前に進まなあかん









卒業アルバムも過去の写真も残しては置くものの、あまり見ないほうがいい







振り返るのはおじいちゃんになってからでいいやろう











この前公園で昼食を摂ってると隣のベンチに座った物静かなおばあさんはそんな風合いだった。
おばあさんは去り際に僕と目が合い軽く会釈すると、食後にと、僕に飴玉ひとつ下さり、自分の孫らもここで学んでいたと、1人は○○になり、1人は○○になり、1人の孫が天国に行ったと。
ごめんなさいね変な事言って。去りながらそんな事を言われたんやけども、
なんても言えん、深みがあったし、自分が純粋な気持ちにさせられるというか
丸裸にさせられるような包容力があった





70歳とか80歳代の人やろうか?
あの世代の人には本当に自然とひれ伏す
人生経験の幅の違いを感じさせられる









あの時はよかったなんて嘆く今を生きたくないし
過去の栄光にすがり出す=終わり

今までで、過去自分に胡座描いたときてダメなとき





多くの大人がそれを反面教師に教えてくれてるわけやし
真摯に受け止めよう









当時はイマイチわからなかった学校で習った、無常観が身に沁みる










"旧友"とか"元○○"(元カレとかね)っていう響きはすごく哀愁漂って聞こえるね